坪田幸政・松本直記
慶應義塾高等学校
地学教室
〒223-8524 神奈川県 横浜市
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tsubota@hc.cc.keio.ac.jp,
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アブストラクト - インターネット天文台は実用段階に入り、海外か らの操作を受け付けたり、星食の実況中継を行う などの活躍を始めた。改良されたソフトウェアと 天文台の操作方法、唯一の手作りである制御ボッ クスを含めたハードウェアについて述べる。良い 天文台を「安く、早く、簡単に」作るコツは、な るべく「物を作らない」ことであると学んだ。 英文 |
1.インターネット天文台の活躍はじまる
1999年9月13日、坪田は慶應ニューヨーク学院か
ら、慶應高校のインターネット天文台1号機を操
作、現地の昼間に、日本の夜空の木星や土星など
を観望することに成功した。同天文台を理大から
操作することは既にできていたから、インターネ
ットで結ばれていれば、海外からも同様の操作が
できて当たり前である。しかし実際に体験してみ
ると、昼間に夜の空を見ることができるという経
験はなかなか新鮮なものであった。これはまさに、
インターネット天文台をこのように利用したいと
夢見てきた使い方そのものである。その後も、10
月13日にはフランスから(HOU普及のためのワー
クショップ)、11月20日にはドイツから(科学教
育ワークショップ)の操作実演をこなし、海外の
利用者にも大きな可能性を実感してもらうことが
できた(文献2)。
インターネット天文台2号機が、1999年9月、理大 野田キャンパスに設置された。口径20cmのMeade LX-200望遠鏡を中心に、ほぼ1号機と同じ構成で ある(文献3)。短期間に、1号機、2号機と設置 できたという事実は、インターネット天文台が「 安く、早く、簡単」なことの証明である。2号機 の遠隔操作実験は、佐藤がアメリカ出張中に行わ れ(2000年2月、外は雪景色)、いくつかの恒星 を視野に捉えている。これは、海外から「初めて の完全無人操作」であった(1号機の遠隔利用で は、誰かが近くに待機していた)。システムの完 成度が高まり、無人でも安心して遠隔操作ができ るようになったのだ。
図1 ζ Gem 星食の中継映像 |
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公開観望会として、2月15日夕にχ1 Oriの星食を
1号機と2号機から同時中継した。当日アメリカか
ら帰国した佐藤は、まったく天文台設備に触れる
ことなくリモート観測を実施、星食の中継に成功
した(慶應サイトでは映像エンコーダが途中でダ
ウン)。理大サイトからは同日夜中のχ2 Ori星
食、翌16日にはζ Gem星食を中継し(図1)、そ
のすべてがアーカイブとして、誰でも再生して見
れるようになっている(文献4)。
2.インターネット天文台操作の実際とソフトウェ
アの特徴
それでは、実際にインターネット天文台を利用し
て天体を観測する手順に沿って、我々の作成した
インターフェイスを紹介してゆこう。
2.0.天文台へのアクセス
WWWブラウザから天文台URL(文献4,5)にアクセ
スする。映像へのリンクをクリックし、天文台か
らの映像を表示する(RealPlayerソフトが必要)。
2.1.利用者の確認と利用許可
一般ユーザは、上記手順により観測中の映像を見
ることができる。利用予約のあるユーザは、ここ
で予約確認を行う(図2a)。複数の利用者による
同時操作を避けるために必要な手続きだ。我々の
天文台では観測申し込みを受け付け、スケジュー
ルを調整して、利用者へ割り当て観測時間とパス
ワードを通知する。観測当日、利用者はそのパス
ワードを入力して、利用の許可を得るわけだ。利
用確認が済むと、アクセスしているコンピュータ
の情報をもとに、他からの操作を禁止する。
2.2.気象条件の確認とルーフオープン
次に気象観測装置(後述)からの情報が表示され、
天体観測に適した気象条件と判断されると「開け
ゴマ」ボタンが現れる。これをクリックすると、
制御ボックスのリレーを介して、ルーフ開、望遠
鏡、CCDカメラの電源もオンにされる。
2.3.観測対象の選択と天体観測
前回紹介したものをベースに、フレームを採用す
るなどして、使いやすさの点で大きく向上した。
ひとたび天体を視野内へ導入すれば、微動とフォ
ーカスもブラウザから操作できる(図2b)。Real
Video映像はリアルタイムとはいえ数十秒のタイ
ムラグがあるので、細かな調節には若干の慣れを
要求する。冷却CCDによる静止画取得であっても、
一コマ撮っては微動やフォーカス調節を繰り返さ
なければならないので、特別にReal Videoが不利
というわけではない。心理的に、目の前で望遠鏡
が動いていて待たされているよりも、それが見え
ない分だけタイムラグを長く感じるようだ。
観測メニューは、
2.4.観測の終了
観測が終了したら、望遠鏡をホームポジションへ
向け、ルーフを閉じる。望遠鏡の電源はオフとし
ない方が、導入精度を維持しやすい。一方、管理
上の都合から電源は必ずオフにしたいとか、突然
の停電ということもあろう。我々は、電源をオフ
にしても導入精度を維持できるようなソフトウェ
アを開発した。経緯台の水平度が十分に高ければ、
リモートから望遠鏡電源をオフ→オンとした後で
も、視野(20cm F10で約15'x10')中へ再び天体
を自動導入することができる。
図2 ユーザインターフェイス画面
以上で天文台の操作は終了である。タイムラグの
問題を除けば、非常に簡単な操作環境を実現して
いる。表示メッセージは、極力プログラム本体か
ら分離した。プログラムには手を加えず、日英の
メッセージファイルを適宜切り替えることで、海
外からの利用に対応している。
3.ハードウェア
文献1では触れなかったハードについて述べる。
多くは既製品であり、リーズナブルな価格を考慮
すると、下手な自作では太刀打ちできない。
3.1.自動観測室
観測室開口部の開閉が電動でかつ遠隔操作が可能
であることが必要。我々のスライディングルーフ
式観測小屋(アストロ光学製、図3)では、ルー
フ開閉ボタンと等価の信号が流れる端子板を設置
して条件を満たしている。後述する制御ボックス
をつなぎ、ルーフの遠隔操作を実現している。
図3 スライディングルーフ観測室 |
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ドームに比べ安価、単純(望遠鏡の向きに応じ開 口部の向きを制御する必要がない)というメリッ トを持つスライディングルーフだが、若干の死角 が残ること、開口部が大きいため周囲からの迷光 に弱く、風による望遠鏡の振動が目立つなどの欠 点が挙げられる。我々のサイトでは、夜空が既に 明るく、教育教材として明るい天体を動画観測し ていることから、大きな問題とはなっていない。 夜空の暗いサイトで長時間積分を行なう場合には、 神経質になる問題である。
3.2.自動気象観測装置
DAVIS社製GroWeatherにオプションのWeather Link
を組み合わせ、シリアルポート経由で気象データ
を常時コンピュータに取り込んでいる(屋外・屋
内の気温と湿度、気圧、風向・風速、降水雨量、
日射量、任意の高さの温度や地中温度、結露)。
天体観測の可能な条件は、雨が降っていないこと、 風速が一定値以下であることである。平均風速を 上回る瞬間的な突風を考慮し、観測室の設計基準 より控え目な最大風速を目安に、それ以上の強風 または降水が観測されると、観測中止の要求を出 す。それを受け取った制御コンピュータは、観測 室クローズなど必要な終了処理を行い、強制的に 観測を終了させる。
雨は降り出してからでは遅く(わずか一滴の降水 をも検知する高感度センサーを併用していても)、 降水は「予測」しなければらない。雨の降る状況 の推定には、相対湿度に加え、気温と露点の差「 湿数」を用いている。これを安全側に振るか(見 逃し率は減るが空振り率は増加)冒険側に振るか (観測時間が増えリスクも増加)の判断など、経 験式の最適化は単純なことではない。
図4 自動気象観測装置 |
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雨と風をもとに判断する上の方法では、雲の切れ 間でも観測したいというニーズには応えられない。 夜間雲量推定に、実効放射量との相関を用いる方 法は、放射収支計が高価なことから、「安く、早 く、簡単に」というコンセプトに反する。夜間の 地表面温度は放射冷却に依存し、放射冷却は雲量 を反映するから、気温と地表面温度、地中温度を 監視することで、夜間雲量を推定可能である。完 全無人の天文台において、地表面温度を遠隔観測 することの困難は残される。
3.3.制御ボックス … 唯一の手作りハード
ルーフの開閉、望遠鏡、カメラの電源オンオフは、
共立電子製RBIO-1リレー制御ボード(文献6)を
アルミシャシーに納めた制御ボックスを自作し実
現している(図5)。このボードは、PCのシリア
ルポートからの簡単なコマンド文字列送信により
10個のリレーを制御できるもので、インターネッ
ト天文台制御用としてうってつけのものである。
詳細については、天文台ホームページをご覧頂き
たい(文献4)。
図5 制御ボックス |
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3.4.制御PCの構成(前回への補足)
文献1で兼用可と書いた制御用コンピュータとサ
ーバは、二台の利用が実用的、というより必須で
あることが分かった。映像をRealVideo形式に変
換するエンコーダの負荷が、予想以上に高かった
からである。
1台目:インターネットを含む天文台機能全般の サーバPC。我々はLinuxを採用している。WWWサー バ、Real Serverが走り、シリアルポート経由で 望遠鏡、制御ボックス、自動気象観測装置と通信 を行う(シリアルポートの増設が必要)。役割は 多いもののシステム負荷は大きくなく、一世代前 程度のCPU性能で実用になる。ただし、メモリは 豊富に積んでいることが望ましい。
2台目:高い性能のCPUをReal Videoエンコーダに
占有させたい。ビデオキャプチャ・カードが必要。
OSはLinuxまたはWindowsのいずれでも良く、コマ
ンドラインからReal Videoエンコーダを実行する。
最新のハードを使えるという点ではWindows、安
定性の点ではLinuxに分があるだろう。我々は1号
機ではWindows、2号機ではLinuxと、両方を用い
ている(前者が2月15日の観測中にダウンしたの
は、既に述べた通り)。
4.今後の課題
インターネット天文台の今後の課題は、以下のよ
うなものである。
4.1.より多くのプラットフォームへの対応
我々の天文台は、1号機、2号機ともにハード的に
ほぼ同一であり、移植性の問題はなかった。今後
サイトが増えてくれば、ハード構成も千差万別の
ものとなることが予想される。それらのできるだ
け多くに対応することが、インターネット天文台
普及の鍵であり、ぜひそうしたい。様々なハード
を持つサイトと協力しながら、システム全体の汎
用性を高めることが重要であると考える。
コンピュータに関していえば、AT互換機(いわゆ るDOS/V機)をターゲットとして開発してきたが、 これは妥当な選択であろう。格納小屋は一つ一つ が特別注文に近く、サイト毎の工夫が必要だ。我 々の天文台と同等のスイッチと端子板を備えたも のならば、容易に遠隔操作が可能である。
4.2.望遠鏡とカメラの機能向上
望遠鏡に、遠隔操作可能な「ズーム機能」を備え
たい。カタログ上は導入精度1'であっても、それ
は星を用いて座標較正をした後のことであり、電
源オン直後の望遠鏡がその性能を発揮できるわけ
ではない。最初の一天体導入は広い視野で行い、
望遠鏡指向性を較正し、以後の観測では対象天体
に最適な拡大率を用いたい。ズーム機能は、既存
のハードだけでは実現できそうになく、専用ハー
ドの製作を計画中である。カメラのゲインも遠隔
操作で切り換えられると便利だ。太陽や月から星
雲・星団まで、ダイナミックレンジの極めて広い
天体観測では、必須の機能ともいえよう。
4.3.運営上の課題
インターネット天文台が広く利用されるようにな
るにつれ、運営方法、特に「誰がいつ利用できる
のか」を決定する必要がある。具体的には
4.4.教育教材としての課題
学校教育で「何故コンピュータを利用するのか」
が問われたように、天体観測で「何故インターネ
ットを利用するのか」という疑問もあろう。本物
の星空が最高であり、それを用いた教育実践を行
える環境においてまでインターネットを利用する
必要はないと思う。「固定化された情報」を得る
だけであれば、イントラネットやCD-ROM教材で充
分といえる。一方、インターネット天文台が提供
するのは、デジタル化されているとはいえ「生の
映像」だ。前回にも述べたいくつかの視点から、
インターネット経由の天体観測は、その正当性を
主張できるものだと我々は考えている。
5.おわりに
前回から一年も経ち、第二弾というのは少し恥ず
かしい(半年以内に書けると思っていた)。とは
いえ、その間に施した多くの改良と天文台の活躍
は、長いブランクを正当化するものと自負してい
る。本稿出版時には終わっているが、日本天文学
会春期年会にてソフトウェアの配布も行った(文
献7)。逆説的であるが、我々はインターネット
天文台を作るために、ほとんど物を作らなかった。
十分なクオリティと機能を持つ既製品を組み合わ
せ、それらを上手に活用するソフトの開発を主眼
とし、その方法は成功したと思う。副題の「良い
物は作らない」は、そのことを主張していて、「
作らない」からこそ、インターネット天文台は「
安く、早く、簡単」なものとなり得るのである。
文献1の発表後に、創価学園の澁谷氏より本プロ ジェクトへ激励のお言葉とともに、同学園におけ るTIE望遠鏡の利用を「リアルタイムでない」と したのは誤りであるとご指摘を受けた。HOU、ブ ラッドフォード望遠鏡と並ぶ文脈の中で、リアル タイムでないとくくってしまったが、事実は、TIE 望遠鏡から3分程度で画像取得を実現している( 文献8)。筆者の不勉強と表現の不適切さを恥じ るとともに、同氏と学園に1年の長きにわたりご 迷惑をおかけしたことをお詫びしたい。
様々なアプローチが存在するとはいえ、遠隔地か らの天体観測は等しく、多くの人々に夢を提供す るであろう。直接足を運ぶ必要のないインターネ ット天文台は、突発現象(γ線バーストや超新星 など)の機動的な観測、小惑星や変光星などの長 期連続観測にも活用できるだろう。そして、イン ターネットの特性を活かし、複数地点との同時観 測、時差を利用し昼間の授業で夜空を観測するな ど、夢は膨らんでいくのである。
謝辞
本研究には、平成9、10年度
(財)電気通信普及財団
からの助成金が利用されました。2号機の設
置は理大重点配分予算により行われました。
Making an "Internet Astronomical Observatory":
II. Don't make if it's good.
FRCCS, Science University of Tokyo Noda, Chiba 278-8510
Yukimasa Tsubota, and Naoki Matsumoto Abstract: Two Internet Astronomical Observatories are now operational: experiments were made in cooperation with users of overseas, and a few stellar occultations were successfully broadcasted from our sites. "Look and feel" of the Internet Astronomical Observatory is presented with discussion of details of the software. Explanations are also made on the observatory hardware, including the control box which is the only hand-made hardware so far. We've learned that we should make as few things as possible in order to make a quality observatory, of which concept is again "Cheaper, Faster, and Easier". |