インターネット天文台の構築: その1. 安く、早く、簡単に

佐藤毅彦
東京理科大学 計算科学フロンティア研究センター
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坪田幸政・松本直記
慶應義塾高等学校 地学教室
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アブストラクト - 新しい可能性を開くインターネット天文台の構築 を、「安く、早く、簡単に」をキーワードとして 試みたところ、意外と簡単にできることが分かっ た。今回は、その核となる遠隔操作望遠鏡、撮像 装置、そしてインターネットサーバ部分について 紹介する。 英文

本論文は 天文月報日本天文学会発行) 第92巻第6号312-317ページ「天球儀」のコーナーに掲載されたもので、 著作権は日本天文学会にあります。 月報編集部の許可を得て、 ハイパーテキスト化しウェブ上で公開しています。

目次

  1. はじめに
  2. 現存する「インターネットを利用した」天文台
  3. 我々のインターネット天文台
    3.1.遠隔操作望遠鏡
    3.2.遠隔操作撮像装置
    3.3.制御コンピュータとインターネットサーバ
  • インターフェイスの開発
  • ここまでのまとめ
  • 謝辞
  • 参考文献
  • 英文アブストラクト

    1.はじめに
    インターネットには様々な情報があふれている。 その中から有益な情報を選別し利用することは、 21世紀の教育にとり重要な課題となるであろう。 世界中を瞬時に結び、空間を超越した双方向コミ ュニケーションを可能としたメディアの出現は、 教育に新しい可能性をも開きつつある。その効果 的利用の一つに、本稿のテーマである「インター ネットを経由した天体観測」がある。

    インターネットを経由した天体観測を、正当化す る理由は何であろうか?第一に挙げられるのは、 天体観測が通常、夜間に実行されることであろう。 現実問題として、学校現場で頻繁に夜間の観測会 を実施するのは難しい。インターネットを利用し て、自宅から学校の望遠鏡を操作できる環境が整 えば、こうした問題は解決される。 第二に、このようなシステムは健常者はもとより、 身障者にとって特に大きなメリットをもたらす。 つまり、天体観測の実施環境は建物の屋上、野外 など、アクセスの不便な場所が多い。そして周囲 は暗く、身障者には何重ものバリアが存在する。 根岸(文献1)は身障者用の天体観測設備を考案 しているが、インターネット経由での天体観測も その解決方法の一つとして有効であろう。第三に、 リモート観測が可能な施設があちこちにあれば、 天候条件に左右されるという天体観測の弱点を、 ある程度までは克服できるであろう。さらに一歩 進めて、地球の裏側など大きな時差のある地点( 例えば慶應の場合ならば、ニューヨーク校)をイ ンターネットの即時性を利用して結ぶことで、昼 間の授業においてもリアルタイムの天体観測を行 なうことが可能になる。

    こうした可能性を秘めた「インターネット経由で のリアルタイム天体観測」を可能にする設備を、 本稿では「インターネット天文台」と呼ぼう。そ のキーワードは(利用者に対して)「いつでも、 手軽に、観測できる」である。そして、インター ネット天文台を作る立場からいえば、「安く、早 く、簡単」であってほしいものである。まるでフ ァーストフードのキャッチフレーズのようである が、実際に「いつでも、手軽に、観測できる」を 実現するためには、「安く、早く、簡単」を売り として、全国展開することが大切である。

    2.現存する「インターネットを利用した」天文台
    読者の中には、「既にインターネット上で利用さ れている天文台はある」のをご存じの方も多いで あろう。例えば、アメリカのウィルソン山天文台 (TIE; Telescope In Education Program、文献 2,3)、HOU(Hands On Universe Program、文献 4,5)、英国のブラッドフォード望遠鏡(文献 6, 7)などが有名である。これらの望遠鏡はリアル タイムで映像を見るのではなく、画像の取得を申 請し、後日画像が送られてくる形式となっている。 つまり、キーワードの一つである「いつでも」を 満足していない。そして、多くのリクエストを受 け付けるため、画像取得までに長い時間(数週間 の)がかかることが少なくない。教育研究の見地 (文献 8,9)から言えば、教材は適度の早さで生 徒に提示される必要があり、画像の取得に時間が 掛かることは教育効果の低下に直結する問題であ る。さらに、HOUは会員制であり、利用に際して は年会費納入と教員の研修が必要とされるなど、 決して「手軽」とも言えないのである。

    上に例を挙げたような、インターネット経由で撮 像依頼を受け付けている望遠鏡を、我々は「イン ターネット望遠鏡」と呼び、「インターネット天 文台」とは区別したい。インターネット天文台と 称されるためには、観測所の屋根を開く段階から 天体の観測、そして観測終了手順まで全てを遠隔 地から操作できる天文台でなければならない。リ アルタイムに観測を実行できることは、もちろん である。日本においては、美星天文台やみさと天 文台がインターネット望遠鏡を試みている。みさ と天文台では、リアルタイム遠隔操作を受け付け るシステムが構築され、教育実践もなされている が、常時利用を受け付けているわけではない(文 献 10,11,12,13)。

    大型望遠鏡を備えた立派な天文台を「手軽に」使 えるようには解放できないであろうし、ユーザが 多くなれば「いつでも」というわけにはゆかない のが当然である。結局、小望遠鏡を中心とした低 価格なシステムを自前で用意するのが、インター ネット望遠鏡を手にする最良の方法であるように 思われる。そこで「安く、早く、簡単に」設置で きることが重要となってくる。これらの条件が満 たされれば、全国各地への普及が期待できる。数 が増えれば、相互連絡により天候の良い天文台や 空いている天文台を利用することができ、利用者 の要求「いつでも観測できる」を満たすことにな るわけだ。

    3.我々のインターネット天文台
    図1.インターネット天文台のシステム構成
    インターネット天文台の「安く、早く、簡単」な 部分は、次のような構成要素からなる。今回は、 これらについて報告する。

    もう少し進んで、「完全な」インターネット天文 台とするには、次のような構成要素が必要であり、 それらについては次回に述べようと思う。 インターネット天文台の全体のブロックダイヤグ ラムを図1に示す。

    3.1.遠隔操作望遠鏡
    遠隔操作望遠鏡は、市販のコンピュータ制御式望 遠鏡であれば、基本的に何でも良いであろう。条 件としては、制御コマンド体系が公開されている ことであるが、たいていの機種はこの条件を満た していると思う。我々は Meade 社製 LX-200 型 を使用している。これは隣に置かれたコンピュー タから操作するのが普通だが、デスクトップ・シ ミュレーション・ソフトを利用すれば、特定のユー ザが遠隔地から操作することも簡単である。しか し、本研究ではインターネット経由で複数の利用 者が任意の時間に操作することを想定しているの で、独自にインターフェイス・プログラム(後述) を作成した。このときに、制御コマンドが必要に なるのである。

    3.2.遠隔操作撮像装置
    遠隔操作撮像装置は、高感度CCDカメラや、家庭 用CCDカメラが利用可能である。高感度CCDカメラ は焦点合わせが面倒ではあるものの、星雲など暗 い天体の撮像に威力を発揮し、多くのインターネッ ト望遠鏡で主流となっている。ただし、高感度 CCDカメラは出力がNTSC信号ではないので、イン ターネット経由で画像をリアルタイムに送るには 工夫が必要だ。一方、家庭用CCDカメラの長所短 所は、高感度CCDカメラの場合の反対となる。既 存のインターネット会議システムなどのソフトウェ アを用いて、容易にインターネットに映像を流せ ることは大きな利点だ。我々も高感度CCDカメラ SBIG 社製 ST-7 型を所有しているが、現在は、 家庭用CCDカメラによるNTSC信号出力を映像配信 ソフトウェア Real Video を利用(文献 14)し て、インターネットに提供している。

    3.3.制御コンピュータとインターネットサーバ
    制御コンピュータとインターネットサーバは分離 したシステムとすることもできるし、一台のコン ピュータで兼用することも可能である。制御コン ピュータは、望遠鏡、CCDカメラ、スライディン グルーフの制御を担当する。インターネットサー バは、インターネット経由の利用者の管理など制 御コンピュータと利用者のインターフェイスであ る。 本研究で構築したインターネット天文台のシステ ム構成を表1に示す。  

    表1: システム構成
    望遠鏡 Meade 社製 LX-200:30 型
    カメラ 冷却CCD SBIG 社製 ST-7 型
    家庭用CCD 東芝製 CCDカメラ
    制御用PC Gateway 2000 社製
    Linux OS
    望遠鏡格納小屋 アストロドーム社製
    スライディングルーフ
    気象観測装置 Davis 社製 Gro Weather

    4.インターフェイスの開発
    インターネット天文台の個々の要素は、上で述べ たように既成品の望遠鏡やCCDカメラなどであり、 一つ一つは決して高価なものではない。「安く」 という条件は満たしている。次に、これらを接続 するインターフェイスが「簡単に」開発できるこ とを紹介しよう。

    第一に開発したのは、望遠鏡を遠隔操作するため のインターフェイスである。利用者は通常、ネッ トスケープナビゲータやインターネットエクスプ ローラなどのWWWブラウザを用いて、インターネッ トにアクセスしているであろう。「手軽に」とい う条件を考えれば、特別なソフトウェアを導入し なくとも、ブラウザから目的の天体を指定するこ とにより観測ができるという形式がベストである。 ユーザから見えるのはここまでであり、後はユー ザからのリクエストに応えて、望遠鏡を制御する インターフェイスの出番である。

    我々の用いている LX-200 型望遠鏡は、予め観測 地点の緯度、経度、時刻など初期設定をすませて おけば、太陽、月、惑星、主な恒星や星雲、星団 などについては、天体コードを含むコマンド列を シリアルポートから送るだけで、望遠鏡が自動的 に目標天体を導入する便利な設計となっている。 インターフェイスの機能は、ユーザからの要求を 解釈し、望遠鏡を制御するコマンド列をシリアル ポートに書き出すこととなる。もちろん、ブラウ ザから天体座標(赤経、赤緯)を直接入力するこ ともできる。この場合にも、パネルから数値を選 択する方式として不正値の入力を防ぐなど、シス テムの安全とユーザの「手軽な」操作という条件 を満足するように考慮している。操作画面を図2 に示す。
    図2.観測天体指定画面
    太陽系天体を指定しているところ
    赤経・赤緯入力により望遠鏡を操作しているところ

    上のように、利用者が直接シリアルポートへコマ ンドを書き込む方式を、セキュリティ上の観点か ら好まない管理者もいるであろう。ユーザがアク セスするインターネットサーバと、望遠鏡制御用 コンピュータとを分離すれば、セキュリティ問題 はある程度は回避することができる。この方式の システムも試作した。ブラウザから指定された目 標天体のコードあるいは座標値はいったん、サー バと制御コンピュータの共有領域上の特定ファイ ルに書き込まれる。制御コンピュータは常にその ファイルを監視し、新しい情報を検出すると、そ れを制御コマンド列に変換し、シリアルポート経 由で望遠鏡へ送る。この方式では、共有領域だけ が書き込み可能であれば良いので、セキュリティ に神経質な人はこちらを採用すれば良いだろう。 セキュリティ以外にも、制御コンピュータとイン ターネットサーバとが分かれているため負荷の分 散が図れること、物理的に離して設置することが 可能な点などが、利点として挙げられる。
    図3.制御コンピュータの構成
    1.冷却CCDカメラ(パラレルポート)
    2.望遠鏡制御(シリアルポート)
    3.気象監視装置(シリアルポート)
    4.家庭用CCDビデオカメラ
    5.インターネット
    6.スライディングルーフ制御
    A.ビデオキャプチャボード
    B.ネットワークインターフェイス
    C.I/Oボード

    第二のインターフェイスは、CCDカメラの映像を インターネットサーバへ送信する部分である。家 庭用CCDカメラからのNTSC信号を、制御コンピュー タの拡張スロットに装着したビデオキャプチャー ボードにより、コンピュータへ取り込んでいる。 前述のように、映像の配信にはRealVideoの利用 (文献 14)が手軽だ。高感度CCDカメラ ST-7 の 場合は、カメラの制御と画像の取得をパラレルポー ト経由で行い、このためのインターフェイスは現 在開発中である。以上のインターフェイスを備え た制御コンピュータの構成をまとめると図3のよ うになる。

    5.ここまでのまとめ
    インターネット天文台の基本であるロボット望遠 鏡部分はこうして、「安く、早く、簡単に」でき ることを示した。我々のシステムは現在試験運用 中(文献 15)であり、望遠鏡の遠隔操作は特定 ユーザに限定されているものの、映像はインター ネットに公開し、同時に誰でも観望できるように なっている。事前に観測内容を知らせておき、教 員が望遠鏡を操作し、生徒がそれぞれの自宅から 天体観測を利用し学習するようなことが可能であ る。

    撮像装置が家庭用CCDカメラでは、感度の不足から 太陽、月、惑星などの明るい天体しか観測できな い点は不利であると感じられるかも知れない。し かし、教育教材と割り切ってしまえば、大きな問 題ではない。限られた授業時間内に、暗い天体に 向けて長時間の積分を行なうことは実用的とはい えず、それならばもっと大口径のインターネット 望遠鏡にリクエストを出し、事前に画像を用意し ておく方が理にかなっている(文献 3)。それ以 外にも、インターネット上には素晴らしい天体画 像があふれているのだ。やはり、臨場感を伴った (シーイングでゆらゆらと動く)太陽や月、惑星 などが、教材としてのインターネット天文台の真 骨頂を示す対象であろう。

    真剣に考えなければいけない問題として、教材開 発の重要性が挙げられる。多くの小中学校には、 理振法によって購入された望遠鏡が数多く眠って いるのではないだろうか?せっかく「安く、早く、 簡単に」インターネット天文台を作ることができ ても、良い教材を開発し恒常的に利用しなければ、 開設当初だけもてはやされて、その後は忘れられ てしまう可能性も充分にある。インターネット天 文台の利点を活かし、今までには不可能だった教 育実践を行えるような充実した教材の開発がキー となる(文献 12)。この問題については、また 稿を改めて論じたい。

    解決しなけばならない問題点、乗り越えなければ ならない課題はあるものの、インターネット天文 台の構築は案外と簡単なことである。我々は開発 したインターフェイスやノウハウを秘密にしてお くつもりはないので、興味のある方はぜひご連絡 頂きたい(文献 15)。ある限りの情報を提供し、 我々に続きインターネット天文台をさらに「安く、 早く、簡単に」増やしていって欲しいと思う。 念のため付け加えておくと、我々は大望遠鏡を中 心とした既存のインターネット望遠鏡の能力を低 く評価しているのではない。ただ、小回りという 点では、小望遠鏡によるお手軽システが有利であ ると思う。ファーストフードにもフルコースにも それぞれの存在理由があり、片方がもう一方を否 定する関係ではないのである。

    謝辞
    本研究を進めるにあたり、数多くの有益なアドバ イスをいただいた曽我真人氏(和歌山大学システ ム工学部)に心より感謝の意を表します。本研究 には、平成10年度 (財)電気通信普及財団 からの助成金が利用されました。

    参考文献

    1. 根岸潔, 1994, 地学教育 47(4), 149-154.
    2. 渋谷英紀,1997, 天文月報 90(4), 174-181.
    3. http://www.mtwilson.edu/Science/TIE/
    4. 戎崎俊一, 1998, 天文月報 90(9), 423-427.
    5. http://hou.lbl.gov/
    6. Cox M.J., 1994, 2nd Int'l WWW Conf. "Mosaic and the Web", October 17-20th, 1994 (Chicago, USA).
    7. http://www.telescope.org/rti/
    8. Bijou S.W., 1970, Journal of Applied Behavior Analysis 3, 65-71.
    9. Wittrock M.C., 1986, in Handbook of research on teaching 3rd ed., (Macmillan, New York).
    10. 曽我真人他, 1998, 教育システム情報学会第23回全国大会, pp.393-394.
    11. 曽我真人他, 1998, 教育システム情報学会第23回全国大会, pp.347-350.
    12. 有本淳一他, 1998, 天文月報 91(6), 271-276.
    13. http://www.obs.misato.wakayama.jp/mo.html
    14. http://www.real.com/solutions/servers/index.html
    15. http://www.hc.cc.keio.ac.jp/earth/
    16. 川井和彦, 吉川真, 1998, 天文教育 10, 29-30.
    Making an "Internet Astronomical Observatory": I. Cheaper, Faster, and Easier.

    Takehiko Satoh
    FRCCS, Science University of Tokyo
    Noda, Chiba 278-8510

    Yukimasa Tsubota, and Naoki Matsumoto
    Earth Science Department
    Keio Senior High School
    Yokohama, Kanagawa 223-8524

    Abstract: An "Internet Astronomical Observatory", of which concept is "Cheaper, Faster, and Easier", is being made. It is demonstrated that making such a facility is indeed easier than anticipated. Configuration of the remote-operated telescope, camera, and the Internet server, the heart of the Internet Astronomical Observatory, is discussed.