インターネット天文台の新展開:地球の裏側から夜空を教室へ!

佐藤 毅彦、前田 健悟
(熊本大学 教育学部 〒860-8555 熊本県 熊本市)
E-mail: tsatoh@educ.kumamoto-u.ac.jp, mkengo@gpo.kumamoto-u.ac.jp

坪田 幸政、松本 直記
(慶應義塾高等学校 地学教室 〒223-8524 神奈川県 横浜市)
E-mail: tsubota@hc.cc.keio.ac.jp, matsu@hc.cc.keio.ac.jp

榊原 保志
(信州大学 教育学部 〒380-8544 長野県 長野市)
E-mail: ysakaki@gipwc.shinshu-u.ac.jp

山崎 良雄
(千葉大学 教育学部 〒263-8522 千葉県 千葉市)
E-mail: yamazaki@cue.e.chiba-u.ac.jp

アブストラクト - 過去二編の「インターネット天文台の構築」シリーズでは、ハード・ ソフトともに実用となったことを報じたが、本稿ではこのIT世紀の 教育ツールをめぐる最近の動向を報告する。三田市のリモート望遠鏡の 登場、西日本最初の拠点である熊本大学天文台の完成、教育実践を 通じて明らかになってきた諸問題、そして我々のプロジェクト初の 海外天文台として進行中のガーナ天文台計画をお伝えする。 英文

本論文は 天文月報日本天文学会発行) 第96巻第11号565-571ページ「天球儀」のコーナーに掲載されたもので、 著作権は日本天文学会にあります。 月報編集部の許可を得て、 ハイパーテキスト化しウェブ上で公開しています。

目次

  1. 巻頭言
  2. インターネット天文台をめぐる動き
  3. 西の拠点、熊本大学インターネット天文台
    2.1.新ハードによる映像表現能力の拡大
    2.2.ソフトウェアの改良による操作性向上
  4. 教育実践事例とこれから
  5. 再考:本当に「安く、早く、簡単」か?
  6. 新展開 〜いよいよ海外へ!
  7. 結びに
  8. 謝辞
  9. 参考文献
  10. 英文アブストラクト

巻頭言:「特集・インターネット天文台の新展開」に寄せて

遠隔操作により天体観測を行えるリモート望遠鏡は、いうまでもな く急速に発達したコンピュータとネットワーク技術の産物である。 小望遠鏡が天体の自動導入に対応するようになったのが1984年(ビク セン製マイコンスカイセンサーの登場)、いまも多数のユーザーを 持つミードLX200望遠鏡は1992年の発売であった。1999年には同じ ミードのETX-90望遠鏡が低価格コントローラーとの組み合わせで自 動導入に対応するなど、かつての夢物語はまたたく間に一般ユーザ ーの手の届くものとなった。もちろん、公共天文台の大型望遠鏡に おいては、天体自動導入は当たり前の機能となっている。

ネットワーク経由での大型望遠鏡の操作や天体観察の黎明期は、曽 我氏の文章に詳しい。ぐんま天文台の事例(衣笠氏の文章)もいわ ゆる大型望遠鏡によるものであるが、上述したアマチュア向け小口 径望遠鏡をリモート化した施設もその数を増やしつつある(佐藤、 高田氏、木村氏の文章)。ネットワーク上にライブ天体画像が初め て流れた日から10年を経ずして既に、曽我氏が指摘するように、リ モート望遠鏡は珍しいものではなくなりつつある。すると問われる ようになるのは、その利点(さまざまな見地から)とは何かである。

教育利用はリモート望遠鏡の真価を発揮しうる領域であろうし、本 特集においても多くがその視点から論じている。イベント的な利用 を脱し実際のカリキュラムに即した活用がなされる(衣笠氏)、海 外サイトと恒常的な連携活用を行う(木村氏)など、リモート望遠 鏡が学習ツールとして定着しつつあることを示しているようだ。普 通学級にとどまらず、障害を持つ子供達にも天体観測という夢を与 える高田氏の実践も、リモート望遠鏡の優れた利用方法であるとい えよう。一方で、肩肘をはらずに「見る楽しみ」に徹する峰山リモ ート望遠鏡の登場も嬉しい。本特集には寄稿されていないものの、 ガンマ線バーストの残光を狙うRIBOTS望遠鏡のように、研究用に専 念するのもまた一つの方向性だ。産声を上げて間もないリモート望 遠鏡であるから、柔軟な発想で使われてこそ成熟を遂げてゆくのだと 思う。

折しも今年は火星の大接近、筆者も小望遠鏡で家人にその姿を見せ る機会があった。日頃見慣れていない人にとってはしかし、大接近 といえど、赤くギラギラ輝く火星面に模様を認めるのは簡単なこと ではない。「こう見えるはず」と提示したインターネット天文台か らのライブ画像の方が、家人にははるかに見やすくリアリティを与 えるものであったのである。「実物を見ることができるならそれが ベストで、インターネット天文台の映像は代替の疑似体験」と信じ る人は筆者を含め多いと思うが、実はそれが当てはまらないことも あるのだ。この新しいツールを活かすためには、上でも述べたよう に、柔軟な発想を持ち続けることが必要であろう。本特集が、さら に新しい視点を生み出し、リモート望遠鏡がその活躍の場を広げ てゆく契機となることを期待したい。


1. インターネット天文台をめぐる動き
図1: 「三田市リアルサイエンス」ホームページ(a)と、
ガラスピラミッドに密封されたリモート望遠鏡の写真(b)
1999年6月の報告 1) において我々は、「観測の開始から終了まで全てを、 インターネット経由のユーザーがリアルタイムに遠隔操作できる設備」を インターネット天文台と初めて名づけた。当時その定義に合致するのは (知る限り)我々のもの以外なかった 2) が、今日でも状況はあまり 変わらない。アストロ光学によりシステム一式が市販されている 3) ものの、普及のペースは速くないようである(関連する考察は後述)。 そのような中、兵庫県三田市の峰山リモート望遠鏡は特筆に値しよう。 これは同市が情報基盤整備の一環として設置した完全無人システムで、 2002年から稼働している。望遠鏡操作ページを含む「三田市リアルサイエンス」 ホームページ 4) は、一年で10万ヒットを数えるポピュラーなサイトに なっている。リモート望遠鏡の運用ポリシーは「完全オープン」といって よく、他に誰も使っていなければ、ウェブ・ページから操作権を得て 即座に利用できる(10分間に制限)。

これほどにオープンな運用を可能とした秘密は、望遠鏡とカメラを ピラミッド型ガラスケースの中に密封した構造にある。ルーフ開閉が ないため天候を心配する必要はなく、障害の元となる可動部分が少ない ため、高いレベルのメインテナンスフリーとなっているのだ。管理を している三田市役所によれば、定期メインテナンスは二ヶ月毎で、ケース 内の除湿剤交換とガラス清掃などである。 ユーザーインターフェイスも洗練されている(百聞は一見に如かず! ヘタな説明より、実物をご覧頂きたい)。ライブ映像画面には、主望遠鏡 (高倍率)・副望遠鏡(中倍率)・広角カメラ(低倍率)の映像を切り替え 表示することができる。まず中倍率モードで、微動ボタンをクリック しながら目標天体を正確に視野中央へ導き、高倍率モードに切り替えて 細部を観測することができる。天体を視野中に捉えなければ始まらない リモート望遠鏡で非常に重要な機能であり、我々がぜひ欲しかったもの 2) がここでは実現されている。

教室からの利用を意識した我々のシステムと設計思想は異なるものの、 これもインターネット天文台の一つの形として、天体観測の裾野を広げて ゆく素晴らしい施設といえよう。


2. 西の拠点、熊本大学インターネット天文台
図2: 熊本大学インターネット天文台(a.ルーフを
クレーンで吊り上げているところ; b.太陽観測中の
天文台内部; c.手作りの制御ボックス)
我々のインターネット天文台はこれまで、慶應高校(神奈川県横浜市)と 東京理科大学(千葉県野田市)の二基が活躍していた 1),2),5),6) 。所在地はいずれも首都圏内、天文や気象のスケールから見ればごく近所で ある。遠く離れるほど、たくさんあるほど効果を発揮するインターネット 天文台としては、何とも不十分な状況であった。2002年11月、熊本大学 教育学部にスライディングルーフ観測室が置かれ、西日本の拠点が動き 始めた 7) 。前作から三年、新天文台はハード・ソフトの両面で進歩を遂げて いる(以下、その一部を紹介)。

2.1. 新ハードによる映像表現能力の拡大
図3: 熊大天文台から得られた天体画像の
サンプル(a.月; b.オリオン座大星雲M42;
c.ヘルクレス座球状星団M13)
SBIG製STV冷却CCDビデオカメラ 8) の採用は、さまざまな利点をもたらした。 図3は、熊大インターネット天文台から一晩に撮影した画像の例である。 夕空の月、空が暗くなりオリオン座大星雲、明け方にヘルクレス座球状星団、 これらすべてが筆者自宅からの完全遠隔操作により得られている。これほど 広い光量ダイナミッックレンジには、従来のインターネット天文台は対応 できなかった。理大天文台はイメージインテンシファイヤを備え、迫力ある M42やM13の姿を捉えられ 9) ても、その同じ晩に人手を煩わさず月までを楽しむ ことは不可能であった。

「子供たちの心を捉えるのは臨場感あふれる月や惑星の姿」との判断から Real Video動画配信を行う 1) という基本スタイルは、熊大インターネット 天文台でも変わらない。しかし研究用にと思うとき動画の画面キャプチャは 低品質で、学者レベルでなく子供たちの教室活動レベルに対してさえ力不足だ。 STVはそうした要求にも応え、ビデオ出力だけでなく、冷却CCDチップが捉えた 高い画質の静止画をそのままダウンロードできる。図3の画像もそうして得た ものに、若干のエッジ強調とコントラスト調整処理を施している。素材が良い から、そうした処理も有効に働くわけだ。

2.2. ソフトウェアの改良による操作性向上
開発面では、各ハード制御部やウェブ・インターフェイスのモジュール性を 高め、開発性・信頼性・メインテナンス性を向上している 7) 。しかしこれは 多くの読者の興味外であろう。利用者に見える部分では、旧インターフェイスに 散見されたムダな部分を簡潔化し(複数ボタンのクリックを要した操作の ワン・アクション化など)、視覚的に分かりやすく使いやすいものへと改善 している。

使いやすさを向上させる新機能として、「シナリオ観測」が挙げられる。明るい 天体の観測後に暗い天体へカメラを向けると、露出時間を何段階も増さなければ 目的天体が見えない。完全遠隔操作のインターネット天文台では、対象が 視野中に見えることは極めて大切である。そこで、ポインティングから露出時間 変更まで、一連の操作を記述した自動実行ファイル(シナリオ)をさまざまな 天体用に備えた。それにより、普通の天候条件であれば、目的天体を見つける ことができる。

図4: インターネット天文台ゲスト利用の流れ
利用者メールアドレスの事前登録制により、忘れたパスワードをウェブから 再取得できるようになった。インターネット天文台管理者は24時間体制で対応 するわけではないから、パスワード忘れでログインできなければせっかくの 観測時間を失ってしまう。ウェブからボタン一つでパスワードを登録アドレスに メールする機能で、それは避けられる。メール機能は、天候悪化の緊急クローズ 時や、割当て時間の終了三分前にも活用される。携帯電話アドレスを登録して おけば着信音がアラーム代わりとなり、携帯メールの普及した今だから有効な 手法であると思う(観測開始・正常終了時にも通知)。

事前予約がなくても天文台が空いていればその場で利用開始できる、「ゲスト 利用」も備えた。ウェブ手続きにより一回限り有効なパスワードを取得し、 天文台を操作することができる。一回あたり30分、三回までという制限がある とはいえ、これから本格的な利用へと進む前のお試しとしては十分と考える。


3. 教育実践事例とこれから
図5: 附属中学校における授業実践の風景
2002年12月、熊本大学教育学部附属中学校三年生理科「太陽の特徴」において、 インターネット天文台を活用した授業実践を行った 10),11) 。屋上で天体望遠鏡を使い実際に太陽面を観察した後、理大インターネット 天文台を操作しての太陽面観察とした。いわば、実体験と仮想体験を組み合わせた 授業であり、前者があったから後者がより活きる結果となった。

理大インターネット天文台は主望遠鏡にHα太陽望遠鏡を同架しており 9) 、直前に実体験した白色光太陽との違いを学ぶことができた。インターネット経由の 天体観察自体、子供たちには初めての経験であり、それは印象的なものであった。 しかしより印象が強かったのは、Hα線で見るダイナミックな(燃えるような、と 表現する子もいた)太陽の姿だったのである。インターネット天文台がリアルタイムで、 「自分たちが直前に観察した太陽」の別の姿を映してくれたからこそ、そこまで 強い印象を与えることができたといえる。

附属中での授業は三クラスに対し行った。三クラス目実施日の熊本は小雨模様で、 屋上に出ての観察は不可能であった。しかし、慶應インターネット天文台(白色光 太陽)を利用しての太陽観測を軸に、予定通り授業を進めることができた。黒点の 移動を調べるための前日・前々日を含めすべてインターネット天文台利用であった。

この実践例から、

  1. 実体験と仮想体験を組み合わせることの相乗効果は極めて高く有効である。
  2. 各地のインターネット天文台それぞれの特色(ハード構成の違いなど)を 活かした観察手法を利用することで、天体現象に対する理解を深めることができる。
  3. 各地のインターネット天文台を相互利用することで、天候条件に左右され がちな天体観察の授業を、計画通りに進めることができる。
といった点をあらためて確認できた。

中学校理科では、太陽・恒星・惑星の特徴を理解する場面において 12) このように 天体望遠鏡観察があり、インターネット天文台の活用も可能である。一方、小学校 理科では第4学年に月や星の観察はある 13) ものの、天体望遠鏡の利用は必須とは なっていない。小学校においてもインターネット天文台が有効なツールになり得る のか、今年度内に調査を実施する予定である。

研究用途にも耐える画像を得られるようになったインターネット天文台を、高校や 大学のレベルで活用することは当然可能であろう。では、一般の大人にはどうで あろうか?宇宙や天文という分野に対する興味はかなり多くの人が持っている (良く理解できないけど、といいながら)ことと思う。都市部で生活するそのような 人々はしかし、なかなか生の天体の姿に接する機会はないはずだ。 そのような人々にもインターネット天文台体験は、擬似的にではあるが天体に触れる 契機となるのではないか。そうした思いからこの夏、熊本県の生涯学習推進センター との連携として、三回シリーズの公開講座 14) を企画している。


4. 再考:本当に「安く、早く、簡単」か?
第一報に「安く、早く、簡単に」の副題 1) をつけ、インターネット天文台の普及を 夢見たが、なかなか期待したようには進んでいない。あのキャッチフレーズが 誇張であったとはいわないまでも、ターゲットに想定していた教育現場の感覚とは ズレていたかも知れない、と反省するのである。何千万(時には億)円規模の 公共天文台に比して、我々のインターネット天文台は事実一桁安い。それでも、 一般の学校が「では導入しましょう」と簡単に出せる金額では確かにない。 理科離れもあり、概して学校における理科教室の立場は強くない(状況改善のため 多くの予算を理科に、という理屈は正論であっても通らないことを、現場は痛感 されているはず)。「安い」というのは、研究費に恵まれた、いわば道楽者の 感覚であったのかも知れない。

「早く」は今も正しいと思っているが、最後の(そして最重要な)「簡単」にも 疑問を抱くようになった。第一報の「簡単」は天文台を作る側向けで、利用者に 対しては「手軽」と表現していたが、ここでは改めて利用者にとって「簡単に使える かどうか」を問題にしたい。すると「簡単」というのはやはり、天体観測の実体験を 積んだ人間の感覚に思える。写真撮影にピントと露出合わせが必要と知らない人が 増えた今日、「ピントを合わせて」「露出を合わせて」というだけでも負担であろう。 まして、視野の中心から天体がズレていたら「望遠鏡の微動を操作」と要求する インターネット天文台は、決して簡単な道具ではあり得ない。

だからといって天文台側がどんどん敷居を下げ対応するのではなく、利用者側に ほんのちょっとスキルアップをお願いすべき、と思う(上で述べた実体験と仮想 体験の組み合わせが、ここでも有効だ)。しかしその「お願い」に、例えば 小学校の先生は応じてくれるだろうか?小学校理科の「地球と宇宙」において、 天体望遠鏡による観察は利用可能であっても必須ではない。時間的余裕の足りない 学校現場において、なじみが薄く必須でもない天体望遠鏡観察の予備知識を学んで までインターネット天文台を使おうとは、自分が当事者だったら思わない気がする。

子供たちは柔軟で素晴らしいポテンシャルを持つ存在だから、面白そうだと思えば 喜んで飛びついてくれるだろう。しかしその手前で教師が「自分の手に負えない」と 判断した教材は、子供達なら持ち前の好奇心で楽しめるはずのものであっても ドロップされてしまう可能性大である。一方、教師にとっての「このくらいなら 大丈夫」レベルまで簡単化したとき、それは子供たちにとっての面白さ(征服感・ 達成感)をも減じてしまうと危惧するのだ。「角を矯めて牛を殺」してしまうように…。 これはもちろんインターネット天文台だけの問題ではなく、研究者がよかれと思い 開発する教材一般に当てはまることであろう。我々は通常、一生懸命に「子供たちを 見よう」と努力しているが、同時に「教師を見る」ことを忘れるべきでないと 自戒するのである。


5. 新展開 〜いよいよ海外へ!
図6: ガーナの地図
あまり悩み深い論調のままでは読者に申し訳ないし、やはり景気良く締めくくり たい。ここで、「海外インターネット天文台」設置計画を紹介しよう。我々の プロジェクトとして初の海外インターネット天文台は、アフリカ大陸はガーナ 共和国に置かれるべく着々と準備が進行中である(本稿が世に出るまでに、 打合せのための第一次渡航を終えているはず)。設備としては熊大に構築したのと ほぼ同じものを製作、海路を輸送して設置する。ハード・ソフトともに十分な 実績があるという点では心配は少ない。地球の裏側から教室へ夜空を持ってくる という夢の実現間近であり、今からそのファーストライトを待ち切れない。

ガーナはアフリカ西海岸、標準子午線上の国である。日本からマイナス9時間の 時差を持つため、日本で朝の授業が始まる頃ちょうど真夜中だ(アメリカ西海岸 プラス8時間でもあり、うまくすれば日米の両方から夜空を同時に楽しむこともできる)。 また、ガーナの海の玄関テマ港の沖合に標準子午線と赤道の交点があり、「地球の ヘソ」ともいうべき場所にあたる。そのような場所から届く星空は、きっと 子供たちの興味をかきたてると思う。加えてそこでは、我々が普段見ることの ない南天の星々をも見ることができるのだ。国際協力事業団(JICA)による ガーナ小中学校理数科教育改善(STM)プロジェクト 15) がしっかり根をおろした 場所、という安心感も大きい。

細かな経緯はともかくガーナを選んだとき、筆者には「そこがアメリカではない から」という思いが少なからずあった。アメリカ設置でも、時差を利用し夜空を 昼間の教室で観察することはできる。インフラも整っていて、スムーズに天文台を 設置できるだろう。がしかし、その天文台はアメリカ人に感謝されたり、彼らを アッと言わせたりするものにはなり得ない。既に我々のインターネット天文台が 欧米に「日本の夜空」を提供してきた実績 16) を考えれば、欧米には彼らの施設が 作られ我々がその恩恵を受けてもよいはず、という憤りもある。あの豊かな国に、 そこではありがたく感じてもらえない天文台を作るよりむしろ、途上国ゆえの 苦労はあっても、そのユニークさが光り欧米諸国をうならせるようなものにしたい。 日本と縁の浅くないガーナの人々の、理数科教育の向上へとつながって欲しい ことはもちろんである。


6. 結びに
熊本市の明るい夜空でさえ、インターネット天文台を操作しての天体観測を、 筆者自身はとても楽しんだ(図3)。ガーナに置かれるインターネット天文台を 用いれば、同じことを昼間の教室で子供たちと一緒に楽しむことができる。 本当に夢のような話であり、そんな天体の学習に大きな突破口の開かれる日は、 まさに目前に迫ったといえる。「そのような観測が可能になって、そこから何を 教えられるのだろう?」筆者らの一人がつぶやいたこの言葉は、しかし非常に重い。

天体の学習は、夜間観測実施の困難さゆえに、知識偏重・無味乾燥であると よくいわれる。かたやそれを隠れみのに、いざその困難が取り除かれた場合に 何をどう教えるのか、を論じることさえ忘れてはいなかったか(今回は自省する ことが多い)?インターネット天文台は結局ただの道具に過ぎず、それを使い 何をするかは教育者に委ねられている。大きな可能性を手にしつつある今、何を どのように教えたいのか、そのためにさらに何が必要かを、読者諸兄を含め 多方面と真剣に検討してゆきたい。そして広く使われ得る学習コンテンツが 伴ってこそ、インターネット天文台は研究者の自己満足ではない有効な学習 ツールとして、学びの場へ定着してゆくと思うのだ。

謝辞
熊本大学インターネット天文台は、平成14年度科学研究費補助金特定領域研究 「新世紀型理数科系教育の展開研究」の一環として設置されました。 ガーナ・インターネット天文台計画は、平成15〜16年度科学研究費補助金 基盤研究B海外学術調査により進められています。


参考文献

  1. 佐藤, 坪田, 松本, 1999, 天文月報 92(6), 312-317.
  2. 佐藤, 坪田, 松本, 2000, 天文月報 93(6), 313-318.
  3. http://www.astro-jp.com/
  4. http://science02.area-sanda-hyogo.jp/real-science/index.html
  5. 佐藤毅彦, 2000, SUT Bulletin 20(4), 64-65.
  6. 佐藤, 前田, 松本, 坪田, 2001, 熊本大学教育学部紀要 50, 17-22.
  7. 佐藤毅彦, 他, 2002, 熊本大学教育学部紀要 51, 1-7.
  8. http://www.kkohki.com/
  9. 佐藤毅彦, 2001, 科学フォーラム 4月号, 58-60.
  10. 佐藤毅彦, 他, 2003, 特定領域研究「理数科系教育」研究成果報告書, 131-132.
  11. 佐藤毅彦, 2003, CD-ROM版中学校理科教育実践講座(ニチブン、発行準備中).
  12. 文部科学省, 1998, 中学校学習指導要領(ぎょうせい).
  13. 文部科学省, 1998, 小学校学習指導要領(大蔵省印刷局).
  14. http://www.parea.pref.kumamoto.jp/
  15. ガーナ共和国小中学校理数科教育改善計画プロジェクト報告書, 2003, (信州大学).
  16. 松本, 坪田, 佐藤, 2000, 慶應義塾高等学校紀要 30, 31-36.
New Movement of the Internet Astronomical Observatory: Starry Night to Classroom from the Other Side of the Earth.

T. Satoh, M. Kengo
Faculty of Education, Kumamoto University, Kumamoto 860-8555

Y. Tsubota, N. Matsumoto
Earth Science Department, Keio Senior High School, Yokohama, Kanagawa 223-8524

Y. Sakakibara
Faculty of Education, Shinshu University, Nagano 380-8544

Y. Yamazaki
Faculty of Education, Chiba University, Chiba 263-8522

Abstract: Following two previous papers, in which it is reported that hardware/software of the Internet Astronomical Observatories have become operational, we present recent movement of this educational tool of the IT era. It includes the advent of a remote-control telescope in Sanda, completion of the first Internet Astronomical Observatory in the western part of Japan at the Kumamoto University, a few problems identified through the educational practices, as well as the on-going project of building the "first oversea observatory" of ours in Ghana.